丹精こめてつくられたもの
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Diary
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Life

めきめきと音を立てながら、でも、呆気なく歯は抜けた。右上の親知らず。年末、虫歯になっているのを知ってから、仕事にかこつけて長いこと放置していたのだけど、さっぱりしたい気持ちにもなり、昨日抜いてきた。
私は歯医者が世界一怖い。できれば生きている間じゅう、近寄りたくない。だけど残酷なことにわたしは小さい頃から歯が弱く、常に虫歯がある子どもで、しょっちゅう歯医者に行かなくてはならなかった。
子どもの頃通っていた歯医者では、治療後にご褒美的として?くじを引かせてくれて、当たればおもちゃやお菓子をもらうことができた。
ある時わたしはそのくじ引きで特賞を当て、黄色いプテラノドンのぬいぐるみをもらった。母には、「歯医者で運を使い果たした」と言われ、(そこには呆れのニュアンスというかがあって、たぶん、母としては苦しい賭けの中に嵩む私の歯の治療費に対する想いとか、それなのに呑気な子への想いとか、いろんな複雑なものがあったんじゃないかと今なら思うのだが)私はそのふわふわのプテラノドンをだきしめながら、なぜだか悲しい気持ちになっていた。歯医者へ行くと、今でもその思い出というか、気持ちが蘇る。怖いのと、なにかやり場のない戸惑いと悲しさと。
抜いた歯は、虫歯菌に侵され、灰色になっていた。「持ち帰ります?」と聞かれて、わたしはぶんぶん顔を横に振る。でも私の歯はどうやって捨てられるのだろう。
虫歯はあと2本あり、歯医者通いはまだしばらく続きそうだ。
抜歯後の痛みもなかったので今日は、湿気91%のなか、今日は以前から楽しみにしていたルーシー・リー展へ行くことにした。
庭園美術館にはお昼前に着いたものの、14時回からしかチケットがないという。数時間をどうにか潰さなくてはならなくなってしまい、タクシーで恵比寿の東京都写真美術館へ行こうか迷ったのだけど、そんなに忙しなく過ごさなくてもいいかと思い直し、近所をうろつくことにした。
国立科学博物館附属 自然教育園の入り口付近には大きな木がたくさんある。水分をたっぷり含んだ街路樹が風に揺れて、その陰も揺れて、蒸し暑いけれど、何か豊かな気分になって歩く。
それから道沿いのタリーズコーヒーでアイスラテを飲みながら、持ってきた梨木香歩さんの「歌わないキビタキ」をすこし読んだ。

それでも時間が余っていたから目黒駅まで戻り、駅ビルの「とらや」で自分のためにあんペーストを買い、秋限定だという羊羹を母親に送ることにした。
こうしてときたま実家にお菓子を送るのは、なんだか参拝っぽいなと思う。りんごの羊羹、楽しんでくれますように。お互い健康でいられますように。お会計と発送手続きを終えた後の、小さな達成感といいことしたな感含めて参拝っぽい。

さて、肝心のルーシー・リー展はというと、素晴らしかった。
あの色、質感、薄さ。儚さ、そして力強さ。まるで土から生まれた宝石みたいだと思った。
“丹精こめて”つくられたものにしかない輝きがあるよな、と思う。そして、そういうものをつくりたいとも。
例えば書く仕事だってそうだと思う。一つひとつ、丹精込めて、受け取り、考え、伝えていくことで、輝くものがあるかもしれない。

ルーシー・リーのほっそりとした美しい横顔の写真を見上げながら、右上の歯茎に、ぽっかり穴が空いていることを思い出しながら考えた。



